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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)131号 判決 1968年3月28日

原告 前島猪太郎 外一一九名

被告 東京都豊島区長・東京都知事

主文

原告らの訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告豊島区長(以下、被告区長という。)は原告らに対し、豊島区議会が昭和四一年七月一二日に可決した「町区域の新設について」と題する豊島区住居表示第三次計画の旧池袋東一丁目及び同二丁目の各一部の地区(別紙図面の斜線部分)についての町割り及び新町名を南池袋一丁目とする議決に対し、昭和四一年八月一五日になした同地区の新町名を決定する処分を取り消し、右議決を議会の再議に付し、右決定にもとづき同日被告東京都知事(以下被告知事という。)になした届出を取り消す。被告知事が被告区長の届出にもとづき昭和四一年九月五日になした前記地区の新町名を南池袋一丁目とする町区域の新設に関する告示を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求原因及び被告らの本案前の主張に対する反論として、次のとおり述べた。

一  被告区長は、豊島区に住居表示に関する法律を実施するため、別紙図面の区域につき、これを四ブロツクに分けて町区域を新設し、従来の池袋東一丁目及び二丁目からなる同図面の斜線表示の地区(以下本件地区という。)の新町名を南池袋一丁目とする「町区域の新設について」と題する議案を区議会に提出し、区議会は昭和四一年七月一二日これを議決した。そこで、被告区長は、同年八月一五日本件地区の新町名を南池袋一丁目と決定し、同日右町区域の新設について被告知事に届け出たところ、同知事は同年九月五日これを告示し、右告示は同年一一月一日から効力を生じた。

二  原告らはいずれも旧池袋東一丁目に住居を有する者であるが、右一丁目住民の大多数は、次のような理由から本件地区の新町名を南池袋一丁目とすることに反対し、東池袋一丁目とすることを希望している。

1  本件地区の大部分はもともと旧池袋東一丁目に属していたこと。

2  本件地区は池袋駅の東口にあたり、同駅の西口の町名は西池袋と決定されたのであるから、東口を東池袋とするのが常識的であること。

3  新町名の南池袋一丁目の町区域は地図の上では巾広く北に延びているが、それは旧池袋東二丁目の区域をこえて池袋駅前広場を無理に取りこんだためであつて、丸物百貨店及び西武百貨店の狭い建物の巾だけが細長く北に延びているだけであること。そして、丸物百貨店は旧池袋東一丁目に属し、都電通りの突当りの北側にあるから、当然東池袋一丁目の地区に入るべきものであり、また西武百貨店はすぐ前の道路が旧池袋東一丁目であるから、その敷地も東池袋一丁目とするのが相当であること。

4  旧池袋東一丁目ないし三丁目は、昭和三五年に土地区画整理によつて新たに街区割りをしたものであるから、今回更に他の地区割りをする必要がまつたくないこと。

5  旧池袋東一丁目の区域のうち新町名の東池袋一丁目及び本件地区の住民は、以前から池袋東一丁目本町会というものを組織し、池袋の街づくりのために一致協力して、莫大な犠牲と多額の経済的負担により池袋駅東口の整備発展に尽力してきたものであつて、その一体感は非常に強固であり、今後の副都心池袋の繁栄のためにも右本町会は分割されるべきでないこと。

以上のような理由から、旧池袋東一丁目の住民は、被告区長が本件町区域新設についての議案を区議会に提出するに先立ち、昭和四一年六月一五日、一丁目住民の過半数の署名をもつて本件地区を南池袋一丁目ではなく東池袋一丁目とされたい旨の陳情書を被告区長に提出したほか、住居表示審議会や区議会等に対しても再三同様の陳情、請願をし、ことに前記池袋東一丁目本町会所属の住民はその九九%までが右の希望を被告区長らに表明していたのであるが、被告区長はこれら住民大多数の意思を無視して同年六月二八日本件議案を区議会に提出し、区議会においても右住民の意思を蹂躙して原告案どおりの議決をし、その後前記のとおりの手続を経て、同年一一月一日から住民の意思に反する本件町名変更が実施されるにいたつた。

三  憲法九二条及び地方自治法一条は、地方公共団体の運営が地方自治の本旨にもとづいて行なわれなければならないことを規定している。そして、地方自治の本旨とは、住民自治を意味し、地方公共団体の行政が直接住民の手で民主的に、すなわち住民の多数決にもとづいて運営されることであるから、住民によつて選任された区長や区議会は、住民の公僕として、住民多数の意思に従つて区政を運営しなければならない義務を負うことは当然である。また、住居表示に関する法律三条四項は、市町村が住居表示を実施するにあたつては、住民にその趣旨の周知徹底を図り、その理解と協力を得て行なうように努めなければならないと定めているが、この規定も亦同法による住居表示が住民の意思によつて民主的に行なわれるべきことを明らかにしたものである。したがつて、市町村が町区域又は町名を変更するにあたり、住民多数の意思を無視した措置を行なつたときは、当該行為は、憲法九二条、地方自治法一条及び住居表示に関する法律三条四項に違反するものとして、地方自治法二条一四項及び一五項により無効であるといわなければならない。

本件においては、被告区長が本件地区の町名変更について直接の利害を有する旧池袋東一丁目住民の過半数の意思を無視して前記議案を区議会に提出し、区議会も右住民の意思に反して原案を議決したのであるから、右の議案提出及び議決は、本件地区に関するかぎり、いずれも違法無効である。それゆえ、被告区長は、地方自治法二条一四条の規定により、右議決を採用して本件地区の新町名を南池袋一丁目と決定してはならず、また、これを被告知事に届け出てはならないのであつて、かかる違法な区議会の議決については同法一七六条四項にもとづき当然これを区議会の再議に付する義務があるというべきである。しかるに、被告区長はこれに違反して本件新町名を決定し、被告知事に届け出たのであるから、右決定及び届出も前同様違法無効なものであり、したがつて、右届出を受けた被告知事としても、同法二条一四項により、右違法な決定にもとづく届出を受理して告示することは許されず、それにも拘らずなされた被告知事の本件告示はやはり無効であるといわなければならない。

四  ところで、すでに述べたように、憲法及び地方自治法の保障する地方自治の本旨とは、地方公共団体の行政が直接住民の手でその多数決によつて行なわれること、すなわち住民自治の原則を意味するものであり、住民は、この住民自治権という公権にもとづき自らの意思によつて町名の決定その他の行政を行なうことができる権利を有している。ただ、住民は、一般にはその住民自治権を直接に行使することが少なく、執行機関である長を選挙してこれに行政事務の執行を委任しているのであるから、右執行機関に対し直接正しい行政を行なうことを請求する権利を有することは当然であつて、もし執行機関が住民の意思を無視して事務を執行し、住民自治権を違法に侵害した場合には、住民はその自治権にもとづき民衆訴訟ないし抗告訴訟もしくは両者の混合した訴訟によつて当該違法行為の是正を求めることができるものと解さなければならない。すなわち、かかる訴訟は、地方自治法が住民に対し直接請求(とくに同法七四条、七五条)や納税者訴訟(同法二四二条の二)の制度を認めたのとまつたく同様に、住民の自治権にもとづく直接請求権の発動として、これら各規定の準用を受けるべきものであり、たとえ請求の趣旨が当該行為の取消しを求める形式をとつている場合でも、たんなる私権保護のための取消訴訟ではなく、住民自治権という具体的公権の侵害を理由として、当該行為の違法ないし無効の宣言を求めるものであるし、また、執行機関に対し一定の作為を求めている場合でも、単純な給付請求ではなく、前記自治権にもとづく職務執行請求訴訟にほかならない。本件訴訟はまさにこのようなものとして提起したものである。したがつて、本件町名変更によつて原告らの権利がなんら侵害されないから訴えの利益がないとか、被告ら行政庁に対する給付の訴えは許されないとかいう被告らの主張は誤りであり、また、前記のごとき訴訟を認めた法の規定がないとの主張も、地方自治法一条、二条一四項及び一五項、一七六条、二二九条六項、二三一条の三第九項、二五五条の三、二五六条等に明らかな法的根拠があることを忘れた謬論である。のみならず、原告らは本件町名変更によつて次のような余分の失費ないし損害を余儀なくされ、その合計額は各人につき平均三、〇〇〇円をこえるから、この点においても原告らがなんらの権利侵害も受けていないということはできない。

1  町名変更の通知を郵便でしたため一人当り一〇〇円ないし一、〇〇〇円の失費をした。

2  新たな住所氏名を刻んだゴム印等の調達のため三〇〇円ないし一万円の失費をした。

3  手持ちの名刺及び封筒が無駄になり一〇円ないし三、〇〇〇円の損害を受けた。

4  表札及び看板の書替えのため三〇〇円ないし二万円の失費をした。

5  自動車免許証などの各種の免許証及び許可証の書替えのため一〇〇円ないし二、〇〇〇円の失費をした。

6  各官公署に対する届出のため一〇〇円ないし二万円の失費をした。

7  以上の各作業をするため労働力を喪失したことにより五〇〇円ないし二万円の得べかりし賃金または報酬を失つた。

また、被告らは、原告らのうち別紙原告目録(二)記載の八六名は本件地区に住所を有しないから訴えの利益がないと主張し、右八六名が本件地区に住所を有しないことは原告らも認めるが、原告ら全員は、一つの地方行政区画である旧池袋東一丁目に居住し、従来から池袋東一丁目本町会を構成して一体をなして住民自治を行なつてきた住民であるから、右池袋東一丁目が違法かつ不当に二分されて東池袋一丁目と南池袋一丁目になつたことについては共通の利害を有するものであり、本件訴訟を追行する訴えの利益があるというべきである。

なお、本件町名変更は被告区長の決定によつて成立し、法の規定にもとづき権限の異なる行政庁たる被告知事に届け出られるものであるから、右決定及び届出が抗告訴訟の対象たりえない理はなく、また、被告知事の告示も、これによつて住民の住居表示が強制的に変更される点において、抗告訴訟の対象となることは明らかである。

五  よつて、被告区長が区議会の議決を経てなした本件町名変更の決定及び被告知事に対する届出並びに被告知事のなした本件告示の各取消しと、被告区長に対し右区議会の議決を再議に付すべきことを求める。

(証拠省略)

被告ら指定代理人は、主文同旨の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

一  豊島区においては、従来町区域が広狭不揃いであつたり、不合理な点があつたので、これを是正するため、地方自治法二六〇条の規定による町区域及び町の名称の変更をし、同時に住居表示に関する法建三条の規定にもとづき住居表示を行なうこととなつた。そこで、被告区長は、昭和三八年三月五日区議会の議決を経て、昭和三八年三月五日区議会の議決を経て、昭和三八年度を初年度とする四箇年計画を策定してこれを実施することとし、本件の第三次実施計画については、地方自治法二六〇条一項の規定に従い、昭和四一年七月一二日区議会の議決を得たうえ、これを決定し、同年八月一五日被告知事に届け出たものであり、被告知事は、同条二項により右届出を受理し、同年九月五日これを告示し、同条三項によつて同年一一月一日からその効力を生ぜしめたものである。

二  原告らの本件訴えは、次の理由によりいずれも不適法である。

(一)  被告区長の決定の取消しを求める訴えについて

被告区長の本件決定は、区長が区議会の議決を経てなした内部的意思の決定であつて、被告知事の告示により初めて効力を生ずるものであるから、抗告訴訟の対象とはならない。のみならず、原告らには右決定の取消しを求める法律上の利益もないと解すべきことは後記のとおりである。

(二)  被告区長から被告知事に対する届出の取消しを求める訴えについて

被告区長が本件町区域の新設に関し被告知事に対してなした届出は、行政庁相互間の内部的な意思の通知にとどまり、住民の権利義務に直接影響を及ぼすものではないから、その届出も抗告訴訟の対象とならないものである。

(三)  被告区長が区議会の議決を再議に付することを求める訴えについて

原告らは、被告区長に対し、区議会の議決を再議に付するよう求めているが、行政庁に対し直接特定の作為を請求する訴訟は現行法上許されない。

(四)  被告知事の告示の取消しを求める訴えについて

右告示は、被告区長が決定した本件町区域及び町名の変更について、その効力を発生させるためになされたものであり、その性格上たんに当該実施区域に住居を有する者のみにかぎらず、何人に対しても効力を生ずるものであつて、いわば立法的行為に相当するから、抗告訴訟の対象たりえない。また、本件告示は、たんに地理的区画、名称を定めたものにすぎず、住民の権利義務に関する直接の処分ではなく、なんら住民の法律的地位に影響を及ぼすものではないから、住民がその取消しを求める法律上の利益はないというべきである。もつとも、本件告示によつて本件町区域、町名の変更が法律上その効力を生じたことの間接的な効果として、不動産登記簿(不動産登記法五九条)商業登記簿(商業登記法二六条)戸籍簿(戸籍法四五条)の外、住民票、選挙人名簿、外人登録原票、学令簿の公簿の記載事項に変更を生ずることとなるが、これら公簿の住所等の表示の変更については、原則として当該公簿を管理する行政庁が住民の変更申請をまたず職権をもつて書き替え記録整理するものであつて、法律上これら公簿の記録整理によつて、格別住民に不理益をもたらすものではない。更に、主要食糧配給台帳、米飯登録業者登録簿(食糧管理法八条の三、八条の二)、国民健康保険被保険者台帳(国民健康保険法九条)、身体障害者手帳交付台帳(身体障害者福祉法一五条)等の公簿又は公証書類の記載事項の変更については、住民の申請又は届出にもとづくが、かりに申請又は届出を欠いても、それをもつて直ちに住民の右に関する地位、資格を失わせる等の影響を与えるものではない。原告らは、本件町名の変更によつて通信費その他の余分の失費を必要としたと主張するが、かりにそのような失費があつたとしても、それは町名変更の決定及び告示による直接の損害ではなく、町名変更に伴なう反射的不利益にすぎず、しかも本件町名変更の決定及び告示の取消しを得ても最早回復することができないものであるから、いずれの点よりしても原告らに右の取消しを求める法律上の利益はない(なお、原告が請求原因四において主張する各失費のうち、1ないし4及び7は不知、5、6は否認する。町名変更を行なう場合には、住民の通信費その他の経費がなるべく生じないよう法律上及び行政上の措置が種々講じられている。すなわち、町名変更による通信料無料郵便はがきを一世帯当り二〇枚宛配付しており、また町名変更通知はがきは一世帯当り四〇〇枚まで無料配達することとなつているほか、自動車運転免許証等各種免許証及び許可証等の書替えや各官公署に対する届出は、町名変更を伴なうものである限り、手数料を徴収しないものとされている)。なお、右のような法律上の利益を欠く訴えについても、とくに法が認めた場合は民衆訴訟により行政の適正化を求めることができるけれども、被告知事の町区域の新設及び町名変更の告示について民衆訴訟を提起しうる旨の法律の規定は存在しない。

(五)  更に、原告らの本件訴えは、要するに、本件地区の新町名を南池袋一丁目としたことが違法であるとして、その効力を争うものであるところ、原告らのうち別紙原告目録(二)記載の八六名は本件地区に居住せず、住居表示により東池袋一丁目という名称が付されることとなつた区域に住所を有している者である。したがつて、右八六名については、本件地区の新町名の決定を争う法律上の利益がない。

よつて、本件訴えはいずれも却下されるべきである。

(証拠省略)

理由

被告区長が、地方自治法二八三条一項、二六〇条一項にもとづき、昭和四一年七月一二日豊島区議会の議決を経て、本件地区の名称を南池袋一丁目とする決定をし、同年八月一五日被告知事に届け出たこと及び被告知事が同法二六〇条二、三項により右届出を受理して同年九月五日これを告示し、同年一一月一日からその効力が生じたことは当事者間に争いがない。

原告らの本件訴えは、被告区長のした右町名変更の決定及び被告知事に対する届出並びに被告知事の右告示がいずれも違法無効であるとして、その各取消しと、被告区長に対し区議会の議決を再議に付すべきことを求めるものであるが、原告らの主張によれば、右各請求は、憲法九二条、地方自治法一条等により保障された住民自治権すなわち住民が地方自治運営の主体として住民多数の意思に従つた正しい行政事務の執行を請求しうる権利にもとづき、執行機関たる長に対し、民衆訴訟ないし抗告訴訟もしくは両者の混合した訴訟によつて、住民の意思に反する違法行為の是正を求める趣旨であるというのである。

しかしながら、まず、右のごとき訴えが民衆訴訟として許されるかをみるのに、行政事件訴訟法の定める民衆訴訟とは、国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟で、選挙人たる資格その他自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するものをいい(五条)、法律に定める場合において、法律の定める者に限り、提起することができるものである(四二条)ところ、地方自治法その他の法律を調べてみても住民たる地位にもとづき民衆訴訟として本件のごとき訴えを提起しうることを定めた規定はなんら存在しない。したがつて、かかる訴えは許されないものであつて、この点に関する原告らの所論はまつたく独自の見解というほかはない。また、原告らのいう民衆訴訟と抗告訴訟の混合した訴訟なるものも、訴訟型態として現行法の認めるところではない。

そこで、抗告訴訟としての本件訴えの適否に関し、原告らが本件町名変更によつていかなる法律上の利益を侵害されたかについて検討する。

地方自治法二八三条一項、二六〇条にもとづいて行なわれる町名の変更は、当該市又は特別区内においてこれを区画する単位としての意味を有する町の名称を変更するものであつて、その結果、例えば不動産登記簿、商業登記簿、戸籍簿、住民票、選挙人名簿、外国人登録原票、学令簿等の記載事項についてある種の法的効果を生ずることはあつても、当該市又は特別区の住民の権利義務に関する直接の処分ではないから、これによつて右の住民が直接自己の具体的な権利又は法律上の利益を侵害されるという特別の事情がある場合は格別、通常の場合には右の町名変更そのものを違法として争う法律上の利益はないというべきである。

もとより、町名は、一定の地理的区画単位を表示する名称であると同時に、当該地区住民の精神的・文化的・社会的生活その他に密接な関係を有するものであるから、これを変更するに当つては、住民にその趣旨の周知徹底を図り、その理解と協力を得て行なうように努めるべきことは当然である(住居表示に関する法律三条四項参照)。とくに広く知られた歴史的由緒と伝統のある町名を有する地域においては、その町名が住民の財産権や人格的利益と不可分的に結合し、町名自体が住民にとつていわば一の独立の客観的価値ないし利益を体現しているとみられるような場合もありうるし、また、新町名の如何によつては、社会通念上かかる町名を冠された地区住民の名誉その他の権利利益を侵害するということも考えられないではない。しかしながら、このような特別の事情がなく、ただ単に当該町名変更が住民の希望や感情に反し、あるいは住民の生活に不便や不都合を生ぜしめたというだけではいまだ法律上の利益の侵害があるとすることはできないのであつて、町名変更の手続を定めた地方自治法の規定並びに前記住居表示に関する法律三条四項の規定等も、住民個人に対し右のような事由により、当然に町名変更を争いうる法的利益ないし地位を認めたものとは解されない。

これに対し、原告らは、本件町名変更が住民の意思を無視して行なわれたことにより、住民として有する前記の住民自治権が侵害されたと主張するが、そういうところの住民自治権なるものは、ひつきよう、地方公共団体の行政が憲法及び地方自治法等の法規に適合して行なわれることについて住民の有する一般的利益にほかならないから、これをもつて、個人的・具体的な権利利益の保護を目的とする抗告訴訟を追行するに足りる法律上の利益であるということはできない。また、本件町名変更により原告らがその主張のような財産的損失を余議なくされたとしても、そのような損失は町名の変更によつて生ずる間接的な結果にすぎないし、右損失を回復するために本件町名の変更の効力を失わせることが法律上必要なわけでもない。更に、原告らは本件地区の町名を南池袋一丁目とすることに反対し、東池袋一丁目とすることを強く希望しているが、このような意思ないし感情を侵害されたことが直ちに法律上保護に値いする利益の侵害であるといえないことは前記のとおりであるばかりでなく、本件町名変更に反対の理由として原告らの主張するところをみても、単なる不便ないし不都合にとどまり、法的保護を相当とする特段の事情に当るものとは認めがたい。そして、以上のほかに、本件町名変更により原告ら個人が直接自己の具体的な権利ないし利益を侵害されたことについての主張及び立証はない。

してみると、原告らは、抗告訴訟により、本件町名変更手続を構成する被告区長の前記決定及び届出並びに被告知事の告示の各取消しを求め、あるいは被告区長に対し区議会の議決を再議に付することを求めるにつき、いずれも法律上の利益を有しないものというべきである。

よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本件訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎 小木曽競 佐藤繁)

(別紙図面省略)

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